東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)64号 判決 1976年10月27日
原告
ランデス・トール・コンパニー
右代表者
レーイ・エフ・インラム
右訴訟代理人弁理士
猪俣清
右訴訟復代理人弁理士
猪俣正哉
外二名
被告
特許庁長官
片山石郎
右指定代理人
戸引正雄
外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
この判決に対する上告期間について附加期間を三月とする。
事実
第一 当事者の申立
原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四〇年一二月三日同庁昭和三一年抗告審判第一〇五〇号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。
(特許庁における手続)
一、原告は、名称を「環状加工品を研磨する機械」とする発明について、昭和二九年五月七日特許出願をしたが、昭和三〇年一二月九日拒絶査定を受けたので、昭和三一年五月二二日抗告審判を請求(特許庁同年抗告審判第一〇号事件)したところ、昭和三八年七月三〇日出願公告があり、これに対し特許異議の申立があつた後、特許庁は昭和四〇年一二月三日右請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同年同月二二日原告に送達された(なお、右審決に対する出訴期間は附加期間の定めにより昭和四一年四月二一日まで延長された)。
(発明の要旨)
二、本願発明の要旨は、「研磨輪とこれを回転する機構及び加工駆動用スピンドルとこれを回転する機構を具え、環状加工品の内外周面を研磨するものにおいて、周面に互に周方向において隔離して設けた二個の突出沓片を有し、これら沓片で加工品の内周面を支持し、前記加工品駆動用スピンドルの軸と離れた軸心を有する加工品支持体を具え、一個又は数個の永久磁石を有する磁石体を含み、加工品の前記支持体に対する均一保持並びに関係回転を加工品の周面研磨中効果的ならしめる機構を具えることを特徴とする周面において環状加工品を研磨する機械」というにある。
(審決の理由)
三、右審決の要点は次のとおりである。
1 本願発明の要旨は、「研磨輪とこれを回転する機構と、加工品駆動用スピンドルと、これを回転する機構とを具え、環状加工品の内外周面を研磨するものにおいて、周面に互に周方向において隔離して設けた複数の突出沓片を有し、これら沓片で加工品の内外周面のいずれか一方を支持し、前記加工品駆動スピンドルの軸と離れた軸心を有する加工品支持体を具え、一個又は数個の永久磁石を有する磁石体を含み、加工品の前記支持体に対する均一保持並びに関係回転を加工品の周面研磨中効果的ならしめる機構とを具えることを特徴とする周面において環状加工品を研磨する機械」というにあるものと認める。そして、スエーデン特許第六八九三一号明細書(昭和五年四月一四日特許局資料館受入。以下、「第一引用例」という。)には、環状加工品の外周面を、互に周方向において隔離して設けた二個の操作ローラで回転的に支持し、加工品をマグネツト・チヤツクの中心により偏心させて支持するようにした心無形自動センターリング・チヤツク装置の説明及び図面(別紙第二図面参照)が記載され、その装置は、(一) 加工品の支持を、本願発明が突出沓片によるのに対し、操作ローラによる点、(二) マグネツト・チヤツクについて、本願発明がこれを永久磁石を用いるものに限定したのに対し、その限定がない点で本願発明と相違するが、環状加工品研磨装置において加工品の支持を、突出沓片によるのも、操作ローラによるのも、ともに慣用される周知手段であるから、本願発明における右(一)の支持手段自体が発明を構成するいわれはなく、また、マグネツト・チヤツクに永久磁石を用いたるものと電磁石を用いるものとがあることは技術常識であるから、本願発明においてこれを右(二)のように限定した点に発明を認めることもできない。したがつて、本願発明は、第一引用例のものと同一に帰し、旧特許法(大正一〇年法律第九六号。以下同じ)第四条二号に該当するから、同法第一条に規定する特許要件を具備しない。
2 なお、請求人(本訴原告)は、本願発明の要旨の真の意味が、環状加工品支持スピンドルの端面に取付けられ、かつ、加工品を保持回転させる磁石体を有する型のものと組合わせて、(a) 周面に周方向において隔離して設けた複数の突出沓片を有し、これら沓片で加工品を、その内周面にて支持して研磨作業中、これを回転的に支持する内面支持体を具えたこと、(b) その内面支持体は環状加工品保持磁石体に共動する位置に持ち来されまたはこの位置から後退されるようになつていることにあるとして、その要旨を明確にする訂正案を提出したが、(a)のように環状加工品の同心性を確保するため沓片で加工品の内周面を支持することは米国特許第一四四〇六三九号明細書(大正一五年一〇月一三日特許局資料館受入。以下、「第二引用例」という。)により、また、(b)のように加工品支持体が加工品駆動スピンドルに共同する位置に持ち来されまたはこの位置から後退されるようになつたものは米国特許第二〇五九八九五号明細書(昭和一二年二月二六日特許局資料館受入。)によりそれぞれ公知であるから、右(a)、(b)の点に発明を認めることはできない。したがつて、その訂正案による出願も、右各公知事実から当業者が容易に推考することのできる程度のものを出でず、旧特許法第一条の発明を構成しないから、これによる訂正を命じるに及ばない。<以下省略>
理由
一前掲請求の原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。
(一) 発明の要旨の認定について
審決が理由中において認定した本願発明の要旨が本願明細書中、特許請求の範囲の記載に一致することは原告の自認するところであり、その記載に「環状加工品の内外周面を研磨するものにおいて、周面に互に周方向において隔離して設けた複数の突出沓片を有し、これら沓片で加工品の内外周面のいずれか一方を支持し」とあることに徴すれば、本願発明の対象とする機械は、少くとも特許請求の範囲の文言上、環状加工品の内周面を支持してその外周面を研磨するものと環状加工品の外周面を支持してその外周面を研磨するものとの両者を含むことが明らかである。なお、成立に争いのない甲第一号証(本願特許公報)によれば、本願明細書中、発明の詳細なる説明にも、右と同一の記載がある一方、原告主張のように外周支持のものが本願発明の対象外であることを明記した個所はないことが認められる。
この点について、原告は、本願明細書の特許請求の範囲に「周面に互に周方向において隔離して設けた複数の突出沓片を有し……前記加工品駆動スピンドルの軸と離れた軸心を有する加工品支持体」と記載して「周面」及び「軸心」の語が用いられていることを根拠に、本願発明における加工品支持体とは有形の軸を使用するものを指示するものと解し、環状加工品の構造との関連上、本願発明の対象から実質的には加工品の外周支持による内周研磨を除外すべき旨を主張する。
しかし、原告主張のような軸状体のものが本願発明における加工品支持体の要件を充足しうるものであることはその特許請求の範囲からたやすく理解することができても、それ以上に、加工品支持体が軸状体のものに限定され、また、それが軸状体であることによつて特別の作用効果が生じることについては、ついに本願明細書に、その旨の記載を見出すことができない。右特許請求の範囲によつて明らかなように、加工品支持体の有する「軸心」は加工品駆動用スピンドルの軸心と離れている(偏位している)ことを要件とするものであるが、本願明細書中発明の詳細なる説明に「この偏位は加工品を沓片86、87と確実に係合するように回転磁石体30をして作用せしめるに必要である。」との記載があること、また、本願明細書及び図面の記載に照らして、本願発明における環状加工品は、二個の突出沓片によつてその回転する中心が位置決めされ、これを中心として加工品駆動用スピンドルに取付けられた磁石体を含む機構により、突出沓片に対し均一に保持されつつ、それと相対的に回転するものであることが認められるから、右要件は環状加工品の回転する中心が加工品駆動用スピンドルの軸心に対して偏位していることを意味するものと解され、さすれば、加工品支持体の有する「軸心」とは、むしろ、加工品支持体に設けられた突出沓片が位置決めするところの環状加工品の回転する中心であつて、必ずしも加工品支持体の形状の軸心と一致するものではないと解さざるをえない。また、突出沓片がその支持すべき環状加工品の全周にわたつて設けられるものではないことは前記特許請求の範囲から明らかであるから、加工品支持体の「周面」は、支持すべき環状加工品の周面に相対する部分を有するものであれば足り、それ以上に限定されているものと解することができない。
したがつて、本願発明における加工品支持体が、「周面」及び「軸心」を有するからといつて、有形の軸状体でなければならないことはないから、外周支持による内周研磨を本願発明の対象から除外すべきであるとする原告の主張は根拠を缺くものというほかはない。
なお、原告は、本願明細書および図面に挙げられた実施例について、外周支持による内周研磨を示すものを本願発明と無関係な、もしくは相違する技術であると主張するが、右主張は前段説示の理由により失当というべく、本願図面中に本願発明における加工品支持体の前記認定の要件を充足しうる実施例が記載されていることは、かえつて、前段説示を裏付けるに役立つだけである。
そのほか、原告は、本願発明における課題及び目的、加工品支持体の作用並びに発明の効果との関連から、その発明の対象が内周支持による外周研磨に限定される旨を主張するが、そのうち、加工品支持体の作用との関連を云々する主張は、単に、本願明細書の内周支持による実施例だけを取上げてその作用を論拠とするにすぎず、また、その余の主張は内周支持による外周研磨の技術についてだけを適合するとはいえない課題、目的ないし効果を論拠とするものであるから、いずれも採り上げるに足りない。
以上のとおりであつて、結局、本願発明の要旨についてした審決の認定に誤りはないことに帰着する。
(二) 第一引用例との対比判断について
第一引用例のものが心無形自動センターリング・チヤツク装置で、外周支持による研磨技術に関するものであるとは当事者間に争いがなく、第一引用例には、審決認定のとおり、環状加工品を、その外周面を互に周方向において、隔離して設けられた二個の操作ローラで回転的に支持し、加工品の中心がマグネツト・チヤツクの中心より偏位して支持されるようにした装置について、その説明及び図面が記載されていることが認められる。
原告は、第一引用例のものが外周支持によるものであつて、本願発明と目的、対象及び効果を異にすると主張するが、右主張は、本願発明が内面支持による外周研磨のみを行う装置を対象としているという前段説示のように誤つた前提に立つものであるから、採用することができない。
次に、原告は、加工品支持方法について第一引用例のものがローラによるのに対し本願発明が二個の突出沓片による点において、両者は相違すると主張し、審決も同様に認定するところである。(なお本願発明において突出沓片を設けた加工品支持体の軸心が加工品駆動用スピンドルの軸心と離れて偏位しているというのは、先に説示したとおり、環状加工品の回転する中心が加工品駆動用スピンドルの軸心に対して偏位していることを意味するものであるから、さきに認定した第一引用例における説明および図面の記載に徴すれば、加工品支持体の軸心の右のような偏位の要件は第一引用例のものにおいても充足されていることが明らかであつて、この点について両者に相違はない。)そして、原告は本願発明における突出沓片が従来の沓片と相違し、いわゆる点接触的作用を営むものであるから、審決のいうように発明を構成しないと考えるのは誤りである旨を主張するが、<書証>を総合すると、環状加工品を研磨する装置において、加工品を支持するのに突出沓片を用いることも、ローラを用いることも、本願出願前から既に周知手段であつて、両方法による効果上の差異も当然予想される域を出ないものであることが認められ、突出沓片が原告主張のような作用を有することについては、本願明細書に何ら記載されていないうえ、本願図面には必ずしも点接触するということのできない突出沓片86、87が示されているから、本願発明における突出沓片は、突出部によつて環状加工品の内周面又は外周面を支持する沓片を指称するものであつて、それ以上に特異な内容を有するものではないと認めるのが相当である。そうだとすると、本願発明の加工品支持手段に発明の構成を否定した審決の判断を誤りとすることはできない。
(三) 訂正命令について
原告が昭和四〇年三月二三日書面により特許庁に本願発明の要旨を原告主張のような訂正案に補正する意向を示したが、これに応じる訂正命令が発されなかつたことは当事者間に争いがないところ、原告は、審決がそのような訂正の必要がないとしたのを本願発明の補正の結果に関する事実の誤認に基づくものであると主張する。
しかしながら、本願に適用される旧特許法第七五条(第一一三条第二項によつて抗告審判について準用される場合を含む。)第五項によれば、出願人は、出願公告決定がなされた後においては、出願に関する書類について訂正命令が発された場合のほか、これを訂正補充することができず(旧特許法施行規則第一一条第四項)、また、その規定の趣旨によれば、さような訂正命令を発するか否かは自由裁量に属するものと解されるところ、冒頭において確定した事実によれば本願について出願公告があつたのは昭和三八年七月三〇日であり、原告の訂正案の提示はその後のことにかかるから、これに応じた訂正命令を発しなかつたのはその自由裁量によるものというべきであるが、これが裁量権の範囲を逸脱したものであることを裏付ける特段の事情の存在を認むべき主張立証はない。もつとも、審決は、その理由によると、右訂正命令を必要としなかつたことを論証するため、原告の訂正案による「環状加工品の同心性を確保するため沓片で加工品の内周面を支持する」との構成要件が公知たることを示す文献として第二引用例を大正一一年一〇月一三日特許局資料館に受入れられたものと認定して引用しているところ、同日同資料館に受入られた文献が実は第二引用例ではなく、第二引用例たる米国特許明細書の一部を掲載したいわゆる「ガゼツト」にすぎなかつたことは当事者間に争いがないが、審決の理由中に文献引用の誤りがあることだけで直ちに訂正命令不発行の措置に裁量権の逸脱があつたものということはできないのみならず、成立に争いがなく、弁論の全趣旨により前記「ガゼツト」と認められる甲第二〇号証によれば、これに掲載された第二引用例の明細書の一部には、環状加工品の内周面をローラで支持して外周面を研磨する機械に関する記載があることが認められ、これにより、原告の訂正案の構成要件を公知であると判断することもできるから、むしろ、訂正命令不発行の措置の妥当性が肯認されるところである。
従つて、審決が原告主張の訂正の必要を認めず、本願発明の要旨を明細書中、特許請求の範囲記載のままに認定して、特許要件の存在を判断したことを誤りということはできない。
なお、付言すれば、旧特許法のもとにおいて、出願人が、出願公告後独立して特許要件を具うべき訂正案を提示して訂正命令を促した場合(たしだ、特許請求の範囲の減縮を目的とする場合に限る。)には、特許権発生後の訂正(同法第五三、五四条)に準じて、訂正案と同趣旨の訂正を命ずべく法律上覊束されるとする見解(当庁昭和四六年四月六日言渡、昭和四一年(行ケ)第四三号事件及び同庁昭和四六年六月三〇日言渡、昭和四三年(行ケ)第一八七号事件各判決)は、規定根拠のない考え方であるから、当裁判所の採らないところである。
(四) 以上のとおりであつて、審決に原告主張の取消事由の存在を認めることはできない。
三よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(駒田駿太郎 橋本攻 秋吉稔弘)
別紙<省略>